御飯をあがらない
その日阿Qは趙太爺の家(うち)で一日米を搗いた。晩飯が済んでしまうと台所で煙草を吸った。これがもしほかの家なら晩飯が済んでしまうとすぐに帰るのだが趙家は晩飯が早い。定例(じょうれい)に拠るとこの場合点燈を許さず、飯が済むとすぐ寝てしまうのだが、端無くもまた二三の例外があった。
その一は趙太爺が、まだ秀才に入らぬ頃、燈(あかり)を点じて文章を読むことを許された。その二は阿Qが日雇いに来る時は燈を点じて米搗くことを許された。この例外の第二に依って、阿Qが米搗きに著手(ちゃくしゅ)する前に台所で煙草を吸っていたのだ。
呉媽(ウーマ)は、趙家の中(うち)でたった一人の女僕(じょぼく)であった。皿小鉢を洗ってしまうと彼女もまた腰掛の上に坐して阿Qと無駄話をした。
「奥さんはきょうで二日御飯をあがらないのですよ。だから旦那は小妾(ちいさい)のを一人買おうと思っているんです」
「女......呉媽......このチビごけ」と阿Qは思った。
「うちの若奥さんは八月になると、赤ちゃんが生れるの」
「女......」と阿Qは想った。
阿Qは煙管(きせる)を置いて立上った。
「内(うち)の若奥さんは......」と呉媽はまだ喋舌(しゃべ)っていた。
「乃公とお前と寝よう。乃公とお前と寝よう」
阿Qはたちまち強要と出掛け、彼女に対してひざまずいた。
一刹那(せつな)、極めて森閑(しんかん)としていた。
呉媽はしばらく神威(しんい)に打たれていたが、やがてガタガタ顫え出した。
